たかムラ屋Tumblr

kanabow:

“若いうちは、まだいい。というより、若いころは、そんなもんだ。 だが、30歳、40歳、世間を恨みながら過ごしていると、生きていく選択肢が限られていく。何でもいいから、うまいドロップアウトの方法を見つけることだ。人生に成功しなくていいから、自分に適した逃げ道を探す。 逃げ道さえ確保できれば、かなり気楽に生きられるはずだ。”

■0720■: 550 miles to the Future

andi-b:

“ポルトガル人は、それまでアフリカなどで奴隷貿易を営んできましたが、 15世紀にアジアに進出すると東洋貿易を独占し中国人を奴隷として買い込み、各地に売り飛ばす奴隷貿易を始めました。 日本においては1543年にポルトガル人が初めて種子島に漂着し鉄砲をもたらしましたが、その数年後から早くも日本人を安く仕入れ、奴隷として海外へ売り飛ばす奴隷貿易が始まりました。 その結果十六世紀の後半には、ポルトガル本国やアメリカ、メキシコ、南米アルゼンチンにまでも 日本人奴隷は売られるようになり、天正10年(1582年)に ローマに派遣された有名な 天正遣欧(てんしょうけんおう)少年使節団の一行も、世界各地で多数の日本人が 奴隷の境遇に置かれている事実を目撃して、驚愕しましたが、 その会話が記録に残されています。 (写真は使節団の正使である伊東マンショ、十三才が、ローマ法王に拝謁に行く際の騎乗姿) 「我々の旅行の先々で、売られて奴隷の境遇に落ちた日本人を身近で見たときには、 こんな安い値で小家畜か駄獣(牛や馬)の様に(同胞の日本人を) 手放す我が民族への激しい怒りに燃え立たざるを得なかった。」 「全くだ。実際、我が民族中のあれほど多数の男女やら童男・童女が、 世界中のあれほど様々な地域へ、あんなに安い値で掠って行かれ売りさばかれ、 みじめな賤業に就くのを見て、憐 憫の情を催さない者があろうか。」 1607年に南米 ペルーの リマ でおこなわれた人口調査によれば、当時の人口二万五千四百五十四人のうち、 日本人の奴隷として男九名と女十一名がいたことが分かっています。 天正遣欧(てんしょうけんおう)少年使節に関する本を読むまで、いわゆるポルトガルとの 南蛮貿易により多数の日本人が奴隷として、遠く南米にまで 売られていた事実を全く知りませんでしたが、 皆さんはご存じでしたか?。 注:) 天正遣欧少年使節とは天正10年(1582年)に九州のキリシタン大名の、 大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣され、 八年後の天正18年(1590年)に帰国した四名の少年を中心とした使節団のことで、 イエズス会員の ヴァリニャーノ が発案しました。 使節団によってヨーロッパの人々に日本の存在が知られる様になました。 天正15年(1587年)6月18日、豊臣秀吉は宣教師追放令を発布しましたが、 その理由は ポルトガル人が キリスト教の布教を熱心におこない神の恵み、慈悲を説きながら、 その一方で南蛮貿易において多数の日本人を安く仕入れ、 奴隷として船に連行し、海外に売り飛ばす事実を知ったからでした。 秀吉の言葉を伝える「九州御動座記」によれば、 バテレン( 注参照 )どもは、諸宗を自分達の キリスト教に引き入れ、 それのみならず男女数百の日本人を黒舟へ買い取り、手足に鉄の鎖を付けて舟底へ追い入れ、 地獄の苦しみ以上に、生きながらに皮をはぎ、あたかも畜生道の有様である。 という記述がありました。 注:) バテレン とは伴天連とも書き、ポルトガル語の Padre ( パ-ドレ、師父)の意味から、 キリスト教伝来に際して渡来した宣教師のことです。”

nihon (via junmyk)

ポルトガル人は日本人を奴隷にして売っぱらったけど、商品にする日本人は九州のキリシタン大名が集めてた。

天正遣欧少年使節は自分たちを派遣した主君たちが外国に売り払った人間を見て怒りを覚えてたわけで。知ってたらどう思ったんだろう。

(via

miki7500

)

quote-over100notes-jp:

“「日本人の気質」と言われるものは、その時々の社会的状況に過ぎないんです。自分の知っている過去20年間くらいのものを、都合よく気質と言っているだけ。”

「人は簡単に『忘れてはいけない』という。でもね……」外国人歴史家が体験した3.11 (via theomachi)

futureisfailed:
“(影踏丸さんのツイート: “三種の神器とその形代の経緯(稲田智宏『三種の神器』より)… ” ”

nashi-kyo:

“海外メーカーに移籍した技術者が売国奴なら、技術者を追い出した国内メーカーは国賊やろ”

もみじ@HoloLens2予約させろさんのツイート (via gkojax)

yellowblog:

rosarosa-over100notes:

“戦国時代に人質をよくとりましたよね、和睦の証として。そのときに相手の男の子をとった場合、とにかく言うことを全部聞いてやれ、という教育を敢えて徹底するというのが通例だったそうです。そうすれば将来大人になって万一戦になっても、ろくな大人に育っていないから脅威にならない、という考え方なのですね。 またイギリスでも「子供をスポイルするのは簡単だ。それはNOと言わないことだ」、という言い方をします。子育て中のみなさん、NO!を連発してみっちりしごいてやってくださいね。いい大人に育ちますよ(笑)。”

ポケモンスタンプラリー - 債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら (via yangoku) (via yaruo) (via konishiroku) (via jinon) (via no-where—now-here) (via noboko) (via kuwataro) (via gkojax) (via gkojay) (via ponpon4774) (via miyabi0941, yangoku-deactivated20160514)

tra249:

“産休に入る方に上司が「子供が産まれたら、旦那は学生新人バイトだと思え。指示がないと動けない。『これくらい察して欲しい』とかは絶対無理なので、割り切ること。指示すれば、やる気はすごくあるから喜んで働く。うまく使え」と(実際はもっと優しく)アドバイスしてて、何て的確なんだ!と思ったw”

井堂すえさんはTwitterを使っています (via c610)

本当にねえ、わからんのですよねー。。。
言ってくれたらいいのねにぇ、、。

(via 15spd)